歴女必見!?有馬温泉の穴場スポット

有馬温泉の通な楽しみ方、穴場スポットについて紹介しています。

メインでは物足りない!?有馬温泉の穴場スポット

以前、歴史に興味のある「歴女」がブームになりましたよね。彼女たちは観光地として整備されていない場所、アクセス難、一般観光客が減少している場所に関係なく、好きな歴史上の人物の関連地を巡礼します。客単価の大きい彼女らの消費意欲は、産業活性化の起爆剤にもなるため、地方自治体からも注目されているようです。

メインの観光地でも充分楽しめますが、歴女に嬉しい観光スポットと言えば、穴場スポット。ここには歴史にまつわる数々のドラマがあります。歴女だけではなく有馬温泉をより楽しめる、スポットはオススメですよ。

建造物編

  • 雪国神社の画像雪国神社

上ノ町の杖捨坂と湯本坂の交わる所に雪国神社があります。
1907年、有馬稲荷神社の神官である児玉繁大夫は、稲荷大明神のお告げを受けてこの神社を「雪国稲荷大明神」と銘記しました。上ノ町の入り口の守護神として雪国稲荷大明神が鎮座、献族である時国大明神(右)と石名大明神(左)が祀られています。

  • 豊太閤の碑

豊太閤の碑の画像太閤の湯殿館の前にある豊太閤の碑。太閤である秀吉は、有馬温泉三恩人の第一人者であると言われています。

 
  • 鍋屋多右衛門彰徳碑の画像鍋屋多右衛門彰徳碑

この碑は、豊太閤の碑の隣に建てられています。鍋屋多右衛門は、天保の大飢饉(1833~36年)の際に有馬温泉を救済した大恩人。有馬温泉は、先人たちの努力により発展してきたのです。

 

自然編

  • 地獄谷

地獄谷の画像数十万年前、地殻変動で出来た射場山断層である地獄谷は、射場山と愛宕山との間にある谷です。この谷は、 鳥地獄・炭酸地獄・虫地獄とも呼ばれています。断層の割れ目から多量の炭酸ガスが噴出、虫や小鳥などが死んだ事から名付けられたと伝えられています。昔は炭酸水の成分が分からず、住民から毒水として恐れられてきました。この毒水の湧き出る炭酸泉「血の池」に目をつけた三田城主・山崎家盛は、温泉場を作ろうと計画。しかし、驚いた住民が秀吉に直訴、その工事を止めさせたのです。それを知った家盛は、当地の住民を皆殺しにするぞ、と激怒したという話が残っています。明治時代になり虫や小鳥が死んだのは、炭酸ガスが理由であることが判明。以降、炭酸泉の掘削が行われた炭酸水は、良質のおいしい飲料水として評判になりました。
この地獄谷を訪れ、鼓ヶ滝を巡るコースは、鎌倉・室町時代の五山文学にも登場しており、古来より湯治客の散歩道として親しまれています。

  • 天狗岩の画像天狗岩

湯泉神社から愛宕山に上ると愛宕山梅林、展望台、天狗岩という大きな岩があります。そこからは有馬温泉街を見渡す事が可能です。天狗岩や袂石、仏座巖などは、古代の巨岩信仰からなる遺跡ではないか、と言われています。
行楽シーズンは、ハイキングコースとして人気です。

  • 灰形山

灰形山の画像標高619mある灰形山(はいがたやま)は、千利休が小早川隆景や有馬法印などと阿弥陀堂(現在の利休荘)でお茶会を催した際、風炉の灰をこの山の形に似せて盛った事から名付けられたと言われています。

 

伝説・昔話編

  • 願いの庭の画像願いの庭

「有馬の工房」前の願い坂にある「願いの庭」。僧行基と三羽烏の像の所にあります。ここには、古くからの言い伝えが残っています。
神代の昔、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が人々を病気から守る薬草を探すため、国を旅していました。その時、傷付いた3羽のカラスが水たまりで赤い水を浴びていたのです。数日後、カラスたちの傷が治癒していることに気付きました。調べたところ、この水たまりが高い効能力のある温泉だと判明。有馬温泉が知れ渡るようになったと伝えられています。
願い坂の周りには、温泉寺や極楽寺、念仏寺などの寺社仏閣が立ち並んでいます。

  • 袂石

袂石の画像昔々、松永城主が重藤の弓と白羽の矢を持って葦毛の馬に乗り、鷹狩をしていました。その時、湯泉神社の祭神・熊野久須美命(くまのくすみのみこと)が狩場を通ったのです。松永城主は怪しく思い、祭神を射ようとしました。祭神は袂から小石を取り出し、松永城主に向かって投げつけました。この小石が年月を経て次第に大きくなり「袂石(たもといし)」「礫石(つぶていし)」と呼ばれるようになったと言います。
それ以降、葦毛の馬・重藤の弓・白羽の矢を持って有馬に入ることを禁じられたのです。もし掟を破って有馬に入れば、晴天が急に曇り、風雨が激しくなると言い伝えられています。
現在、太閤橋の傍らにある袂石は、高さ5m・周囲19m・重さ130tあるそうです。